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第1期1~13課 話し合いのための質問

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2016年 第1期 話し合いのための質問

2016年第1期 話し合いのための質問

第1課
話し合いのための質問
①神に対するサタンの反逆の中で、嫉(しっ)妬(と)が大きな役割を果たしました。あなた自身の経験において、嫉妬はどのような被害をもたらしてきましたか。私たちはこの非常にありふれた感情と、どうしたら戦うことができるようになるのでしょうか。
②自由意志と自由選択というすばらしい賜物について、さらにじっくり考えてみてください。私たちはこれらの賜物を、毎日どのように用いていますか。これらの賜物を誤用したひどい結果のいくつかに、目を向けてください。どうしたらこれらを正しく用いることができるでしょうか。
③自由意志と自由選択との絡みで、律法の役割について考えてください。神が律法を持っておられるという事実だけで、自由意志が実在する証拠になるはずです。結局のところ、もし道徳律に従う道徳的被造物がいないのなら、道徳律の目的は何でしょうか。道徳律の意味とそれが人間の自由に関して述べていることについて、さらにじっくり考えてみてください。
④とりわけこの世の特定の場所には、文字どおりの悪魔という考えを否定する強い傾向があります。そのような見解は、なぜ聖書の最も基本的な理解にさえ反するのですか。

第2課
話し合いのための質問
①私たち人間は、死ぬように運命づけられていませんでした。死は異常なものであり、人間が知るべきものでもなければ、体験すべきものでもなかったのです。それゆえ、死に対して私たちが感じる普遍的な嫌悪感は、間違いなく、私たちがエデンから持って来たものの名残です。聖書の中に与えられている永遠の命の約束について、じっくり考えてみてください。それらは、私たちが死のひどい後遺症に対処するうえで、いかに役立つでしょうか。
②この被造世界のどの部分が、神の存在と私たちに対する神の愛の存在について、あなたに力強く物語っていますか。
③アダムとエバがどのように彼らの罪を正当化し始めたのかという点について、創世記3章を読み直してください。そうすることは、なぜ容易なのですか。私たちはどのような形で同じことをしようとしますか。言い換えれば、私たちはどれくらいの頻度で、遺伝や環境やほかの人を自分の過ちの原因だと言い張りますか。どうしたらこのような危険な考え方から抜け出し、自分の行動に対する責任を自ら認めることができるのでしょうか。

第3課
話し合いのための質問
①神への信仰を持ち続けた兄弟とその必要を感じなかった兄弟との大きな違いは、何ですか。
②兄弟間の競争心や嫉妬が、今日の家族に対する神の御心を圧倒するように思えるとき、どうしたら彼らは前向きな明日を見ることができるのでしょうか。あなたの教会の家族が、彼らに対する神の大きな御心を知るために、どんなことがなしえるでしょうか。
③教会員の中で、この世で自分独りきりだ、自分の人生には意味も価値もないと感じている人たちのために、どんなことがなしえるでしょうか。
④たとえあなたの人生が望んだとおりに展開していないとしても、永遠の命の約束は、失望があなたを打ちのめさないよう、いかに役立ちますか。

第4課
話し合いのための質問
①大争闘には中立の立場がないこと、私たちはキリストの陣営か、サタンの陣営か、いずれかの陣営に付いていることを、聖書は明らかにしています。しかし私たちが知っているように、人生は必ずしもそれほど鮮明で著しい違いを見せません。私たちは時折、何が正しい決定であり、何が間違った決定なのか、よくわからないことがあります。道徳的な状況に関してもそうです。何をすべきかを決定することは、必ずしも容易ではありません。折に触れて、何が「正しい」選択であるか容易にわからないときに、正しい選択をするのに役立つ導きを得られる方法には、どのようなものがあるでしょうか。
②あなたの尊敬していた人たちが、あなたを失望させたことがありますか。その一方で、あなたが、かつてあなたを尊敬していた人たちを失望させたことがありますか。いずれの場合も、どのような形で相手を失望させたのでしょうか。信仰、信頼、恵み、人間の弱さといったことについて、これらの出来事からあなたは何を学びましたか。

第5課
話し合いのための質問
①私たちの究極的な希望を指さす聖書の約束には、ほかにどのようなものがありますか。できるだけ多くの約束を集め、1人であれ、クラスであれ、声を出してそれらを読み、その内容をじっくり考えてみてください。どのような状況が描写されていますか。
②ダビデの堕落がとても悲劇的なものになったのは、彼が神によって非常に祝福されていたからでした。しかし、与えられてきたすべてのものにもかかわらず、彼はあのような形で罪を犯しました[強調]。ですが、否定的なことに目を向ける代わりに、彼の、その卑しむべき物語の肯定的な一つの側面について考えてみてください。すごい高みからどん底へと落ちた者にさえ与えられる神の恵みです。それは、私たちがイエスによって手にしている救いがいかに十分であり、完全であるかということについて、何を物語っていますか。たとえ私たちがどんなことをしたとしても、あるいは私たちがどれほど堕落していようと、私たちがダビデのように悔い改めるなら、赦しが自分のものになるということを、私たちはいかに確信することができますか。

第6課
話し合いのための質問
①奇跡を求めて神を信頼することと、祈って神の力を利用しようとすることを区別するのは、必ずしも容易ではありません。あなたはどのようにその区別の仕方を身につけてきましたか。
②さまざまな形、大きさ、色、様相でやって来る誘惑は、私たち1人ひとりの心を動かすように、すべて注意深く意図されています。そして言うまでもなく、ある人は引きつけるのに、別の人は引きつけないものもあります。明らかな罪に加えて、もっと巧妙に私たちを誘惑するものは何ですか。
③荒れ野におけるイエスの誘惑と彼が受けた屈辱について読み直してください。その際に、この同じイエスが「我々と共におられる神」であった事実について考えてみましょう。彼によって、「万物は……成った」(ヨハ1:3)のです。私たちの代わりに神(!)がこのような恐ろしい戦いを忍耐されたという信じがたい概念を、私たちはいかに把握することができますか。この真理を考えれば、ほかに何か重要なものがあるでしょうか。

第7課
話し合いのための質問
①S.B.の物語から、あなたはどのような教訓を得ることができますか。
②火曜日の研究で見たように、「主よ、主よ、わたしたちは御名によって[あれこれ]行ったではありませんか」と言った者たちは、イエスの信者でした。同時に、彼らの返事の強調点にも注目してください。彼らはだれに焦点を合わせていましたか。彼らは何に焦点を合わせていましたか。その答えは、彼らがなぜ自己欺瞞[ルビ:ぎまん]に陥ったのかを、いかに明らかにしていますか。
③明らかに間違ったことをしている友人や家族がいたとしたら、あなたはいかに(断罪的でなく、しかも断罪的に見えもしない方法で)その問題に対処しますか。

第8課
話し合いのための質問
①「もしイエスが自然を支配する大きな力を持っておられるなら、どうしてこれほど多くの人が、クリスチャンでさえも、自然災害の犠牲になるのですか」とだれかが尋ねてきたら、あなたはどのように答えますか。大争闘の現実はその答えに、どのように調和していますか。
②私たちがイエスを信じる理由には、どのようなものがありますか。聖書は彼について、何と記していますか。このような理由をいつも念頭に置いておくことは、なぜ重要なのですか。また、私たちには多くの十分な理由があるにもかかわらず、なぜこれほど多くの人がなかなか信じられないのですか。私たちを疑わせるものは何ですか。それらに対処する最善の方法は何ですか。
③今週の研究で触れたように、イエスは共労者として欠点のある人々をお選びになりました。このことは、あなたの弱さにもかかわらず、イエスがあなたをいかに用いることがおできになるかということに関して、どんな希望を与えていますか。

第9課
話し合いのための質問
①新約聖書は、私たちがキリストにあって持っている一体性を強調しています。それはとても影響力のある考え方で、当時としては画期的なものでした。残念ながら、21世紀の現在においてもまだ存在する最大の悪の一つは、民族的、人種的、国民的な差別です。この悪がもたらしたものを十分に理解しているのは、神だけです。そして、私たちはこの悪がこの世にあることを当然と思っていますが、教会において、それも私たちの教会においてはどうでしょうか。それはどのようにあらわれていますか。このような態度は、福音の最も基本的で根本的な教えと、なぜ相反するのですか。
②時折、私たちはみな、聖霊によって罪を悟らされます。そのような確信を抱いたとき、あなたはどのように応じますか。大争闘が真に繰り広げられているのは、心の中です。聖霊によって罪を悟らされたときにあなたが行う選択は、あなたがだれの陣営に付いているのかをいかに明らかにしますか。

第10課
話し合いのための質問
①「教会は、弱く、不完全であり、常に警告と勧告を受けなければならないが、それでもなお、キリストが最高の関心を寄せられる対象なのである。キリストは人間の心で恵みの実験を行い、天使たちが驚き、賛美の歌で喜びをあらわすような品性の変化を起こしておられる。天使たちは、罪深く、道を踏み外した人間たちがこれほど変えられるうることを思って喜ぶのである」(エレン・G・ホワイト「前進の合図」『アドベント・レビュー・アンド・サバス・ヘラルド』1903年1月20日号、英文)。イエスが私たちのために、また私たちの内になさることによって私たちが変えられる方法には、どのようなものがありますか。
②私たちは、各個教会のレベルで、あるいはアドベンチスト教会全体において、大争闘がどのようにあらわれているのを目にしますか。私たちを分裂させ、弱らせ、召されたことをさせないようにするために用いられている問題は何ですか。私たちが重要な点だと思うことに教会員がとにかく同意しないとき、私たちはいかにしていやしと一致をもたらすことができますか。

第11課
話し合いのための質問
①ペトロがイエスを信じざるをえないあらゆる理由にもかかわらず、彼は依然として「確かな預言の言葉」を重視しました。預言は私たちにとって、なぜ重要なのですか。初臨においてイエスがメシアであられたことを証明するうえで、預言はいかに役立ちましたか。預言は再臨に対して、どのような希望を私たちに与えてくれますか。結局のところ、もし預言がなければ、私たちは再臨の約束や希望について、どうやって知ることができるのでしょうか。
②私たちは、「仲間からの圧力」というものを十代の若者や青年たちとの関連でしか考えない傾向があります。しかし、それは正しくありませんね。私たちはだれもが、仲間に好かれたい、受け入れてもらいたいと望んでいます。結局のところ、彼らに嫌われるよりは好かれたほうが、私たちは良いあかし人になれる可能性が高いのではないでしょうか。他人にとって心地良い存在でありたいと願いつつも、私たちは自分の信仰を妥協させないよう、いかに防ぐことができますか。私たちが思う以上に、そのような妥協をすることは、なぜ簡単なのですか。

第12章
話し合いのための質問
①安息日のクラスで、水曜日の最後の質問に対する答えについて、話し合ってください。みなさんの答えには、どのような意味が含まれているでしょうか。
②「柔和で謙遜なイエスに従う謙虚な者たちを探そうと、最近、私が見回したとき、私の心はひどく疲れた。キリストのすみやかなおいでを待ち望んでいると告白する多くの者が、この世に同化しており、神の称賛よりも周囲の人々の称賛を熱心に求めている。彼らは、ほんの少し前に彼らが別れてきた名ばかりの教会のように、冷淡で、形式的である。ラオディキア教会に向けられた言葉は、彼らの現状をまさに言いあらわしている」(エレン・G・ホワイト『レビュー・アンド・ヘラルド』1852年6月10日号、英文)。これらの言葉は150年以上前に書かれましたが、なぜ今日の私たちにもよく当てはまるのでしょうか。このことは、初期のアドベンチスト教会が「古き良き時代」であったという神話について、私たちに何を教えていますか。

第13課
話し合いのための質問
①多くの難しい疑問には答えが与えられていませんが、大争闘の現実は、なぜ苦しみや死が今ここに存在するのかをよりよく理解するうえで、いかに助けとなりますか。
②もしだれかが、「どうしたらもっと親しく主と歩むことができますか」と質問をしてきたら、あなたは何と答えるでしょうか。
③今、天国に備えるということについて、さらにじっくり考えてみてください。それはどういう意味でしょうか。福音の視点から見て、私たちはこのことをどのように理解したらよいのでしょうか。
④あなたが答えを欲しいと思っている疑問には、どのようなものがありますか。それが答えられるまで、これほど多くの悲劇の中にあって、あなたはどうしたら神の憐れみと義を信頼できるようになるのでしょうか。