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第10課 安河内アキラ

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2016年 第1期 反逆と贖い
第10課 パウロと反逆

今週の聖句 ローマ5:12~21、Ⅰコリント3:12~17、Ⅰコリント12:14~26、エフェソ6:11~17、Ⅰコリント15:12~18

今週の研究 私たちは今週、この戦いの現実性と、私たちがいかに生きればよいのかを説明するためにパウロが用いたたとえや比喩のいくつかに目を向けます。私たちは、この宇宙的な戦いに巻き込まれている教会と信者の共同体全体の益のために、力を合わせて働くことになっています。

火曜日:すでにパウロは、教会のさまざまな活動を要約し、それぞれを聖霊の賜物だと述べています。知恵をもって語る人もいれば、聖書にとても詳しい人もいます(Ⅰコリ12:8)。だれにでも霊的刺激を与える信仰を持っている人もいれば、いやしの手を持っている人もいます(同12:9)。奇跡を起こす人、預言的洞察力のある人、善悪をはっきり見極められる人、言葉の壁を打ち破ることのできる人もいるでしょう(同12:10)。該当する個人が自分で自分の能力を判断していないことに注目してください。そうではなく、教会という体を築き上げ、そこに一体感をもたらすために、聖霊がさまざまな背景の中から個々の人を慎重に選びました(同12:11~13)。この重要な事実を強調するために、パウロはそれぞれの教会員がどこにふさわしいかをお決めになるのは神であると(同12:18)、同じことを繰り返し言っています。
 最も重要なのは、多くの教会員がいるのに、体は一つだということです。それぞれの教会員は、自分自身にそれほど価値があるとは考えていないほかのすべての教会員と密接につながっています(Ⅰコリ12:20~24)。この相互依存の関係は、それぞれの安全と幸福を確かなものとする、組み込まれた保護装置を持っています。相互依存の関係は、苦痛や喜びを分かち合うときに作用します(同12:26)

水曜日:大争闘の現実、実在する敵との文字どおりの戦いの中にいる私たちの現実は(エフェ6:11)、パウロがエフェソ6章で用いている戦争の比喩によってあらわされています。
 エフェソ6:11~17を読んでください。重要なのは、さまざまな武具がどのようなものかということではなく、それらが何をあらわしているかです。私たちが武具を選んで身に着けるのではなく、すべての武具を身に着けなければならないと強調されている点に注目してください。そうすることで、私たちは立ち続けることができます(エフェ6:13)。立ち続けるというのは、裁きにおける無罪を表現するために聖書で用いられる比喩です(口語訳詩篇1:5と比較)。言い換えれば、私たちは勝利するということです。

木曜日:パウロはキリストをアダムになぞらえ、「アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです」(Ⅰコリ15:22)と言い、全人類の復活があるのは「キリストが来られるとき」(同15:23)だと特定しています。この章の後半でも、パウロは2人の「アダム」の比較を続けています(同15:45~49)。最初の人は土から造られましたが、第二の人は天に属するので、いつの日か、私たちも変えてくださるのです。このことの意味は、再臨の際に起こることの描写の中で説明されています。「最後のラッパが鳴るとともに、たちまち、一瞬のうちにです。ラッパが鳴ると、死者は復活して朽ちない者とされ、わたしたちは変えられます。この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります」(同15:52、53)。
 アダムは最初、永遠に生きるように造られましたが、ほどなくして人類は、比較的短期間しか生きられないところまで衰えてしまいました。もし私たちが永遠の命を受けるなら、私たちは永遠に生き続けられるようになるでしょう。それが、私たちに与えられるものです。

今週の学びの中で、水曜日の学びからお話をしましょう。「すべての武具を身に着けなければならないと強調されている点に注目してください。そうすることで、私たちは立ち続けることができます。」とあります。
ここを読んで、教会成長のセミナーで話された「樽」のたとえを思い出しました。樽は数枚の板を組んで作られます。もしそのどれかが短かったら、樽の中に原酒を入れたとしても、そこからもれてしまいます。他の板がどんなに長くても、一ヶ所だけ短かったら樽としての役割を果たしません。教会が成長するためにも、すべての要素が伸びていくことが大切で、一つだけが突出しても宣教の働きは進みません。信仰生活も同じなのではないでしょうか。
パウロはエフェソの教会へ獄中か勧めを書いているのがエフェソの信徒への手紙です。そのまとめとなるのが、水曜日の学びに書かれている「神の武具を身につけなさい」という教えになります。エフェソの手紙で教えている人生で起こる様々な問題も、悪魔との戦いが根底にあって、悪との戦いをするために、神さまが備えてくださったものをすべて装着するように勧めています。
ここでパウロは勝利のために三つのことを述べています。まず対抗しなさいとか立ちなさい、取りなさいと命じています。わたしたちが悪との戦おうとしなければ戦いにはなりません。次に、武具で身を固めるようにと教えています。戦いに勝利するためには、神さまが備えてくださったものを用いて戦うことが勝利への道です。そして根気強く祈るように書かれています。この戦いは一生続くものです。祈るということは、一人で戦うのではなく神さまの知恵を求めて戦うのです。
最後に、パウロは福音を大胆に語れるように祈ってほしいと教会の方々にお願いしています。あなたの教会を導く牧師や長老の働きのためにお祈りしましょう。悪魔は指導者が失望するように、様々な働きをして行きます。そのようにして働きを停滞させようとしているのです。