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第10課 東 清志

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2016年 第1期 反逆と贖い
第10課 パウロと反逆

東 清志

はじめに
かつて熱心なファリサイ派の指導者の一人であったパウロは、サタンの手先として神の民に迫害を加えていました。その後、キリストとの劇的な出会いによって回心したパウロは、私たち人類を巡って、神とサタンとの大争闘が行われていることをはっきりと悟ります。彼は神とサタンとの大争闘を、彼の手紙においてはっきりと書き記しました。パウロの手紙における大争闘の強調点は、神の側の最終的な完全勝利です。今週私たちは、エデンの園において人類を欺くことに成功したサタンがキリストに敗北し、全ての罪の結果が解決されることを学びます。

日曜日  アダムとイエス
エデンにおけるアダムの敗北は、人類に大変な影響を与えました。私たちは善悪を知る木の実を食べたわけではありませんが、人類の代表者であったアダムの罪の結果を受けています。「一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされた」(ローマ5:19前半)と書かれている通りです。しかし、神は私たち人類を見捨てず、もう一人の人類の代表者を天から送ってくださいました。カルバリーにおけるイエスの十字架によって、サタンは決定的な敗北を喫しました。まさに、「一人の従順によって多くの人が正しい者とされる」(ローマ5:19後半)のです。

月曜日  教会という「建物」
パウロは、教会形成において何を材料とするかに関心を払うべきであると語っています。来るべき審判の時、天からの火によって、私たちが何によって教会を形成していたのかが明らかにされます。私たちは燃え尽きてしまうような物を材料にするのではなく、金や銀のように固くて丈夫な材料によって教会を形成したいものです。
またⅠコリント3章16節の御言葉は、個人的な警告ではなく、グループとしての教会への警告です。キリスト昇天後の弟子たちは心を一つにして聖霊を求めていました。私たちの教会も、聖霊を求めて一つとなるべきです。

火曜日  体としての教会
パウロは、神の民が集う教会も大争闘の舞台となることを明らかにしています。体の一部が他の一部を攻撃するということは、残念ながら教会においても起こり得ることです。サタンは私たち教会員に優越感や劣等感、嫉妬、その他の感情を抱かせ、不和に陥らせようと狙っています。私たちができる最高の予防方法は、私たちの頭がキリストであることを受け入れ、彼の指示の下で一つとなって前進することです。(副読本91ページ参照)

水曜日  神の武具
サタンに対するキリストの勝利は、今から2000年ほど前にカルバリーにおいて確定しています。しかし、勝敗の結果が明らかになったとはいえ、サタンはまだ滅ぼされていません。私たちはサタンが完全に滅びるまで、神の武具を身に着けて警戒を続けなければならないのです。パウロはエフェソ6章13~17節で、真理の帯、正義の胸当て、戦闘用の履物、信仰の盾、救いの兜、霊の剣を神からの賜物として受け取るように命じています。私たちは主の偉大な力によって強くなり、サタンの策略に対抗して立つことができるのです。

木曜日  最後の敵
コリントやテサロニケの教会では、死者の復活を否定的に捉えていた人々がいました。しかし、聖書は確かにイエスが十字架の死から復活したことを、繰り返し証ししています。命の源である神は、死者に命を与えることができるのです。この復活という奇跡を信じることにより、私たちはキリストの再臨を真の希望とし、待つことができるのではないでしょうか。私たちの人生も、すでに眠りについた兄弟姉妹の人生も、この地上では完結しません。神のラッパが鳴り響くと、たちまち私たちは朽ちない体となり、すでに眠っている方々と永遠に神のもとで住むことができるのです。サタンは、この地上にこそ私たちの希望があると誘惑します。しかし、私たちはアドベンチストとして、神が約束している天国に希望を置いて、この地上での生活を全うしたいと思います。