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第11課 聴覚しょうがい者用:磯部豊喜

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2016年 第1期 反逆と贖い
第11課 大争闘におけるペトロ

※本文(ほんぶん)の引用聖句(いんようせいく)は口語訳で書いています。

1.初めに    
私共が理解(りかい)する大争闘(だいそうとう)とは、神とサタンとの戦(たたか)いです。それはアガペーという言葉で語られる神の愛と、神の愛を邪魔(じゃま)する罪との戦いともいえるでしょう。そしてその大争闘の舞台(ぶたい)は、最初(さいしょ)天において起(お)こりましたが、今その舞台はこの地球の上に生きる私たち人間のうちに行(おこな)われています。いわゆる私たち一人一人が大争闘(だいそうとう)の舞台(ぶたい)なのです。それを教える代表的(だいひょうてき)な聖書の箇所(かしょ)は、ヨブ記です。ヨブという一人の人をめぐって神様とサタンの戦いが行われました。今日の学びは、イエス様の12弟子の筆頭(ひっとう)とも言われるペトロが意識(いしき)していた大争闘を学びます。おそらくイエス様の12弟子の中でもペトロは、特にサタンを意識していた人ではないかと私は考えます。というのはペトロ自身(じしん)が、サタンの誘惑(ゆうわく)に破(やぶ)れた経験(けいけん)があるからです。マタイ16章(しょう)には、イエス様がやがて苦しみを受け、殺されることをお語(かた)りになられたとき、ペトロが「主よ、とんでもないことです。そんなことがあるはずはございません」と言うと、「サタンよ、引きさがれ。わたしの邪魔(じゃま)をする者だ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」とのお叱(しか)りを主から受けたことがありました。またキリストの十字架の時が近づいたとき、彼はイエス様に「シモン、シモン、見よ、サタンはあなたがたを麦(むぎ)のようにふるいにかけることを願って許された。しかし、わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈った。…」(ルカ22:31,32)との言葉を受けて心を痛(いた)めたものの、彼は主を三度(さんど)裏切(うらぎ)ってしまうのです。こうしてペトロは自(みずか)らの失敗の背後(はいご)にサタンがいることを強く悟(さと)ったに違いありません。

2.暗闇(くらやみ)から光へ 3月6日(日)
さて、このペトロは、二つの手紙を遺(のこ)されました。それがⅠペトロ、Ⅱペトロの手紙です。その第一の手紙の中に次のような言葉(ことば)があります。「身(み)を慎(つつし)み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔(あくま)が、ほえたけるししのように、食(く)いつくすべきものを求めて歩き回(まわ)っている。この悪魔にむかい、信仰にかたく立って、抵抗(ていこう)しなさい。あなたがたのよく知っているとおり、全世界(ぜんせかい)にいるあなたがたの兄弟たちも、同じような苦しみの数々に会っているのである」(Ⅰペテロ5:8,9)。サタン(悪魔)が、食いつくすべきものを求めて歩き回っているので、警戒(けいかい)しなさいと彼は勧(すす)めます。そのための勝利のヒントをこの二つの手紙の中で紹介(しょうかい)します。まずサタンの世界から導(みちび)きだされたキリスト者の立っている位置(いち)を次のように書きました。「しかし、あなたがたは、選(えら)ばれた種族(しゅぞく)、祭司(さいし)の国、聖(せい)なる国民、神につける民である。それによって、暗やみから驚くべきみ光に招(まね)き入れて下さったかたのみわざを、あなたがたが語(かた)り伝(つた)えるためである。あなたがたは、以前(いぜん)は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている」(Ⅰペテロ2:9,10)と。私はどこに立っているのか。「私は神につける民」である…この自覚(じかく)は、サタンの誘惑(ゆうわく)から逃(のが)れる大切なものです。
 昭和天皇が皇太子だった頃(ころ)のことでこんなエピソードを聞いたことがあります。お忍(しの)びで町に出向(でむ)き、あるショーウィンドウで立ち止(ど)まり、興味(きょうみ)をそそるものがその中にあったのでしょう。前かがみになって覗(のぞ)いていましたら、後(うし)ろにいた付(つ)き添(そ)いの方(かた)が「ご身分(みぶん)!」と言われました。これにハッとしたのか背(せ)を正(ただ)したといいます。私たちクリスチャンも神の民、天国の身分を背負(せお)っています。悪魔は、私共の欠点(けってん)を暴(あば)き、そこを突(つ)いてくるに違いありません。そのような時、私共はこう語(かた)って背を正すことが出来ます。「キリスト・イエスは、罪人(つみびと)を救うためにこの世にきて下さった」(Ⅰテモテ1:15より)と。そうです。キリスト者は、かつて暗闇(くらやみ)(罪人として)に自分の位置(いち)を持っていましたが、今は光(許された罪人)として自分の位置を持っています。今、自分はキリストのものであるという、この位置に立っていることを強く自覚(じかく)しましょう。

3.仲間(なかま)からの圧力(あつりょく) 3月7日(月)
しかしサタンは、光の世界に移(うつ)った私たちを簡単(かんたん)にはあきらめないのです。その最大(さいだい)の武器(ぶき)は、かつての仲間(なかま)です。家族、親戚(しんせき)縁者(えんじゃ)、そして友人が、しばしばサタンの手先(てさき)になって用(もち)いられる場合(ばあい)があるとのイエス様の警告(けいこく)があります。「わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁(よめ)をそのしゅうとめと仲(なか)たがいさせるためである。そして家の者が、その人の敵となるであろう」(マタイ10:35,26)。そしてこうも言われました。「わたしよりも父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない」(同10:37)。このような時、どうすればよいのでしょうか。ペトロは言います。「努(つと)めて祈りなさい!」(Ⅰペテロ4:7)、「互(たが)いの愛を熱(あつ)く保(たも)ちなさい」(同4:8)と。信仰の仲間を大切にしましょう。そして常に祈って生活しましょう。

4.いっそう確(たし)かな預言(よげん)の言葉(ことば)  3月8日(火)
 悪魔との戦いにおいて、キリスト者を支(ささ)える今一(いまひと)つのことは、「預言の言葉は、わたしたちにいっそう確実(かくじつ)なものになった。…預言の言葉を暗(くら)やみに輝(かがや)くともしびとして、それに目をとめているがよい」(Ⅱペテロ1:19)とペトロは教えます。ペトロがこう書いたのは、かつてイエス様が語っておられることを自分では知っていると思い込(こ)み、キリストの預言の言葉に耳を傾(かたむ)けなかったという反省(はんせい)なのかも知れません。預言は心にとめておかねばなりません。私たちアドベンチストも預言の民であることを覚えましょう。

5.あざける者たち&その日を早める 3月9日(水)&10日(木)
 預言(よげん)の民(たみ)は、預言を調(しら)べ、特に終わりの事を心に留(と)めます。ペトロはⅡペテロ3:3~7に、聖書の預言の言葉に対してあざける者たちの登場(とうじょう)を予告(よこく)しています。私たちが、終末(しゅうまつ)の預言を調べる時に、サタンに支配(しはい)されている人々が、これとは違うことを語るという予告(よこく)を与えました。わたしたちの信仰が動揺(どうよう)しないためです。キリストの再臨(さいりん)は必ず来ます。それは人の考えたものではく偽(いつわ)ることの出来ない神様の預言だからです。キリストの再臨の希望を心から信じるとき、それは信じる私共に現在の生き方において大きな影響(えいきょう)を与えることでしょう。再臨信徒(さいりんしんと)である私たちは「神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです」(Ⅱペトロ3:12【新共同訳】)というみ言葉を心にとめ、かつ「義(ぎ)の住む新しい天と新しい地を待ち望(のぞ)んで」(同3:13)生活したいものです。