Q、安息日を守らないと救われないのですか?
  それはキリストやパウロが批判した律法主義ではありませんか?


、だれが救われるか、救われないかということは神がお決めになることで、人間の知るところではありません。また安息日を守ることにせよ、どのような宗教的、道徳的な行為にせよ、人間の行いは決して救いの根拠にはなりえません。またある特定の教会に所属することが救いの保証になるのでもありません。人間の罪のゆるしと救いは、ただキリストのあがないを信じる者に神の恵みとして与えられるのです。

 また、神の律法を守ることが律法主義なのではありません。神の品性と意志を表している神の「律法そのものは聖なるものであり、戒めも聖であって、正しく、かつ善なるもの」(ローマ7ノ12)であって、神のお旨を知る上で重要なものです。神を信じるものが、その戒めに沿った生き方をしたいと望むのは当然で、「神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ること」でもあります(ヨハネ第1・5ノ3)。

 聖書の教えている第7日安息日を守ることが律法主義で、誤りであり、聖書に根拠のない日曜日を守ることは律法主義でなく、正しいというようなことはありません。問題は、神の戒めに従うことを、救いとの関係においてどう捕えるかです。「第7日」であろうと、「はじめの日」であろうと、日を守り、戒めに従うという自分の行いによって救いを得ようとするならぱ、それはキリストを信じる信仰によってのみ人は神の前に義とされるという、福音に対立する律法主義になります。

 「すると、信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効とするのであるか。断じてそうではない。かえって、それによって律法を確立するのである。」(ローマ3ノ31)」。律法の行いによって救いを得ようとする律法主義は福音に反しますが、無律法主義も聖書に反します。神の恵みによる無条件の愛とゆるしの救いを受けた者は、神への愛の応答として、喜んで戒めに従うようになるのです。

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