聖書研究ガイド今週のポイント
2010年 第1期
今週の聖書研究ガイドのポイント No647
総 題   霊の結ぶ実

SDA聴覚しょうがい者友の会教材部

第3課 霊の結ぶ実は喜び   山地 宏  2010,1/9〜2010,1/16

はじめに 1月9日(土曜日)
  霊の結ぶ実とは、聖霊によって新しく生まれるときに、私たちのうちに見られる変化をさします。その聖霊の実の1つとして「喜び」があります。ガイドの今週のテーマの中には「喜び」と「幸福」の違いについて書いてあります。それによると幸福というのは、喜ばしい状況の結果だといいます。それに対して喜びというのは、神様とつながっていることから来る存在の結果だといいます。ということは、状況がたとえ苦しく辛いときでも、クリスチャンは喜びを持つことが出来るということです。今週はこの聖霊の実としての喜びについて学びます。

1.喜びなさい(フィリピ4:4) 1月10日(日曜日)
  フィリピ4:4には「主において常に喜びなさい」と書いてあります。フィリピの信徒への手紙を書いたパウロは、この手紙を書いたとき、獄中で生活していました。また、フィリピの教会の信者達は迫害を受けていました。そういう、全然喜べないような状況の中で、パウロは「主において常に喜びなさい」と言っています。喜ぶべき理由は、どんなときでも決して変わることのない、神様の私たちに対する思いです。バークレーという聖書学者は次のように言っています。「愛し合っている2人はたとい2人のいる場所がどこであろうとも、一緒にいればいつも幸福である。これが、キリスト者が決して喜びを失わない理由である。キリスト者は決してイエス・キリストを失うことはないからである。」

2.キリストの喜び 1月11日(月曜日)
  私たちクリスチャンにとっての喜びとはどういうものなのかということを理解するためには、イエス様の喜びは何だったのかということを知る必要があります。ガイドに出てくるルカ15章の3つのたとえ話に共通しているのは、もともと自分のものだったものをなくしたこと、そして、それをもう一度自分のものにすることができたことです。自分の大切なものをなくしたことはありますか? なくした大切なものを見つけたことがありますか? それを見つけたときどんなに嬉しかったか、思い出して下さい。イエス様にとって、1人の罪人が悔い改めることは、どれほど大きな喜びなのか、ほんの少し想像出来るのではないでしょうか。

3.服従の喜び(ヨハネ15:11) 1月12日(火曜日)
  ヨハネ15:10、11を読むと、イエス様の掟を守るなら、イエス様の愛の中にいることができる、そして、イエス様の愛の中にいるならば、喜びで満たされる、ということになると思います。野球の選手は、コーチの助言を聞いてそのとおりにやってみます。コーチの言葉の通りにやることで、良い結果を出すことができると、それはその選手にとって嬉しいことです。私たちクリスチャンは、聖書の教えや戒めや掟を、イエス様からの助言として与えられています。この言葉の通りに従うことを服従といいます。服従することによって良い結果が与えられるのです。そして、それは私たちに喜びを与えます。しかしそれは、ただ単に良い結果だから喜ぶというよりも、その助言を与えて下さっている神様が、本当に自分のことを大切にして下さっていることが、さらによくわかるからです。そのようにして、服従を通して、私たちは神様の愛の中にいる喜びを味わうのです。

4.苦難における喜び(ヨハネ16:33) 1月13日(水曜日)
  苦難を好きな人はいないのではないでしょうか。苦難そのものは、決しておもしろいものではありません。また、苦難そのものが何か良いものを与えてくれるわけでもないでしょう。私たちが苦難を喜べるのは、神様が苦難から救ってくれるからでしょうか。ガイドにも書いてあるように、ダニエルは確かに獅子の穴から救われました。またダニエルの3人の友達も燃える火の炉の中から生きて救い出されました。しかし、多くのクリスチャン達は獅子に噛み裂かれ、火あぶりの刑で命を落としたのです。それでもなお、私たちは苦難を喜ぶことができるのでしょうか。できるとしたら、それは、なぜなのでしょうか。それは、苦難を一緒に経験して下さっているイエス様がおられることを知っているからです。だから苦難を喜ぶことが出来るのです。では、その喜びをどのように表現したらよいのでしょうか。ガイドにもあるように、他人に奉仕をすることで、苦難の中でも喜びをあらわすことができるのです。

5.永続する喜び(ヘブル11:24,25) 1月14日(木曜日)
  モーセは、この世が与える幸福を捨てて、自分の民と一緒に虐待されて苦しむ生き方を選びました。今週のガイドの最初に、幸福と喜びの違いが書かれていました。幸福はあてにならないもの、一時的なものと書かれていました。これは、言い換えれば、この世が与える幸福がそのようなものだということなのかも知れません。それに対して、聖霊の結ぶ実としての喜びは、決して変わらない喜びであり、また永遠に続く喜びなのです。キリストに従う者には、この世的な幸福が約束されているわけではないかも知れません。しかし、すでに始まっている永遠の神の国にいる喜びは、この地上でも、もう始まっています。そして、その喜びは永続する喜びなのです。


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