聖書研究ガイド今週のポイント
2010年 第1期

第13課  霊の結ぶ実―クリスチャンの品性

久保 司

* 私たちが唯一天国に持ってゆくことができるものは品性であると言われている。それは、イエスと出会い、イエスを受け入れ、イエスに従い、イエスに倣う者の内により良く成長する品性である。今期学んできた「霊の結ぶ実」は、私たちの品性を飾る美徳である。美しく飾られたイエスに似た品性を持って、天の御国に招かれたい。

1.キリスト者の求めるべきもの

・ 信仰の基礎:物事には順序があり、その順序を間違うととんでもない事になってしまう事がよくある。家を建てる時は、まず基礎を築く。仕事をするにも人間関係を築いてゆくにも手順がある。何かを解明し要とする時、数学の問題を解く場合にもやり方を踏まえる。信仰の基礎は「神の国と神の義を求め」る事にある(マタイ6:33)。私たちは、順序を無視し、基礎を後回しにすることが愚かである事をよく知っている。何も、その本質を押さえていなければ事は成らない。神の導きのもと、信仰によって、難解なパズルのような私たちの人生が面白いように次々と解けてゆくような経験をする事ができる。摂理的に道が開かれる。神の導きに委ねつつ、その御旨を自らの希望とする事によって、全てが益となって必要が満たされる。

・ 信仰と忍耐:罪の世にある限り、私たちを守るのは「信仰」と「忍耐」である(ヤコブ5:7〜9、マタイ10:22)。私たちは常に自分自身を見つめてゆく必要がある。そして、より良い生き方を妥協する事なく求めてゆく。さて、イエスの模範に従い人生を歩む訳だが、イエスを見つめれば見つめる程、自分の罪深さを痛切に感じてしまう。神は私たちが罪深く、弱く、力ない事を知っての上で模範を示し、律法を守ることができないことを承知の上で律法を与えられている。愛の源である神が、あえてそうされるにはよっぽど深い理由があるはずである。律法は天国の基準であり、当たり前の事であるという前提に立つと、私たちは罪によってずいぶん弱々しくなっている事がわかる。そんな私たちであるからこそ救いが必要で、天国の基準をどうにかして満たしたいと神は願われる。そのための救い主なのである。人性をとられたイエスは、人類の代表であり、私の代わりである。その功績を私たちのものとして認めて下さる(「信仰による義」ローマ3:20〜26)私の代わりに既に罪に勝利して下さっている(ヨハネ16:33)。だからこそイエスの模範に従ってゆける。イエスによって目標が見えている事は幸いである。私たちはこの地上において、再臨の直前までは、自問自答しながら自らを吟味してゆく。大切なのは動機とプロセスであって、その際の私たちの気持ちを神は受けとめられる。全ての結果は神に委ねるべき事であり、私たちは歩み続ける事で多くの貴重な経験をする。信仰と忍耐と忠実さをもって、最終的に恵みによって全てが完成される(1コリント15:51〜54)。

・ 世俗からの離脱:「世」とは「罪の世界」「罪に影響を受けた世界」であり、「世」を愛するという事は、神の  座に神以外のものを置く事であるという意味で、「偶像崇拝」といっても過言ではない。そうすると、当然  の事、神から離れ、神を見失い、神を愛することができなくなる(1ヨハネ2:15)。また、「世」とは「世俗」であるという事でもあり、本来、神が備えて下さったあらゆるもの(見えるものも見えないものも)が、罪によって歪められてしまい、それが価値順位の上の方に置かれてしまう(偶像化)。そのために、信仰にはバランスが必要である事を覚えたい。バランスをとるためには自制(セルフコントロール)が必要であり、自制には、しっかりした基準(聖書:イエスの福音と律法)が必要である。そして、それは私たちの確信であり、決して強制的ではなく、むしろ憧れにも似た喜びを持ち、希望を持って目標に向かう事ではないかと思う(フィリピ3:12〜14)。私たちは、この世に価値を見いだすのではなく、世俗を離れ、来るべき世に対する価値を認め求める。神が私たちのために用意して下さっている新しい世界に対する希望を持ち続けたい(イザヤ25:8〜9、イザヤ35:5〜7、ヨハネ14:1〜3、1コリント15:51〜54、2ペトロ3:8〜9)。

2.「霊の結ぶ実」を求める

・ その他の実:今期の学びを通し、「霊の結ぶ実」として「愛」「喜び」「平和」「寛容」「親切」「善意」「誠実」「柔和」「節制」「義」「真理」について考えてきた(ガラテヤ、エフェソより)。更にいくつかの「実」をながめてみたい。

 (1)「信心」:信仰の基礎(ベース)となるものであり、畏敬、敬意、敬虔という神に対する思いや姿勢(1テモテ6:11)は人間にとって欠かすことのできないものである。
 (2)「希望」:神の私たちの計画は「完全回復」であり「救い」である。目標が定められる、見えるという事は幸いである。そして、そこには神の介入があり、計画を神が遂行して下さる。そのために与えられている多くの約束は、まさに私たちの希望であり、信仰を育むエネルギーとなる(ローマ5:4〜5)。
 (3)「徳」:罪によって歪められた私たちの心(価値観の低下、妥協、自己中心など)には、自制と導きが必要。「徳」によって「謙遜」「純潔」のような道徳的美徳が保たれてゆく(2ペトロ1:5〜7)。
 (4)「知識」:心を築く基本的なものを更に向上させる(バージョンアップ)。神の言葉の理解を、深め、広げ、高めてゆく事が大切である(2ペトロ1:5〜6)。
 「霊の結ぶ実」の目指す事は、私たちがイエス・キリストに似た者と変えられてゆく事(聖化)であり、来  るべき恵み(栄化)に備える事ではないだろうか。

・ 豊かに実を結ぶために:種(信仰)は神によって与えられる。それを成長させて下さるのも神である。私た  ちにできる事は、受ける者として、畑(心)を整える事や雑草(誘惑)を抜く事(祈りをもって正しい思想を育 む)、水を撒き肥料を与える(聖書の学び、聖霊の導きを受ける)事ではないだろうか。しかしそれら全てに神の助けが与えられている。そして、与える者として、収穫を分け合う事(信仰のあかし)によって、神の栄光を罪の世に示す。



期選択にもどる 課選択にもどる 次のポイントにすすむ 前のポイントにもどる

Seventh-Day Adventist Church Logo
Copyright 2006 Japan Union Conference of Seventh-day Adventist Church, All rights reserved.